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2006年春東京ギフトショー

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<スイッチキックで各バイヤー様の投票による輸入品人気コンテスト1位獲得>
ビジネスガイド社芳賀社長(写真左)よりトロフィーを頂きました。

両親に「ショー見に来て!」と電話したら躊躇していましたが
「私なら自分の娘に見に来て・・・って言われたら、絶対行くわ・・・」
と言ったら、最終日、最終の時間78歳になる両親は石川県からビック
サイトに来てくれていました。

でも翌日の朝すぐとんぼ返り。
後日、母から、知らない間に写してくれていた写真と手紙が送られてきました。
「夢のように嬉しい楽しい1日を過ごさせてもらえた事とても感謝しています。
ありがとうね。」 と、書いてありました。
思わず微笑んでしまいました。
# by rangsjapanM | 2006-02-21 21:48 | Trackback | Comments(0)

お盆ニューヨーク出張。両親の言葉。

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8月15日なんてNYには日本人はあまりいません。
ショーに行っても日本人には会いません。

お墓参りに行かなくて仕事に行く私を両親は「いつでもこれる時に、、、
来たらいいから」とおおらかに言ってくれます。

この年今ヒット中のゾインゴボインゴに出会いました。
このホテルに滞在中のことでした。
タッカートイズの社長がゾインゴボインゴを持って私の部屋までやってきました。
彼は超ビジネスマンでダンディな180センチ以上の白人男性。
私はこの商品に最初面白さは感じられませんでした。
この社長ぜんぜん笑わずこのホッピングに乗り
私の部屋で飛び跳ねだしたのです。
私は今の子達の言い方で言うところの
「ドン引き」でした。
でも、会社に帰って彼とおんなじことをしてスタッフにプレゼンしてるうちに
やみつきになり、、、、アメリカでは乗ることさえ出来なかったのに
300回も飛べるようになっていました。
ゾインゴボインゴを日本で1番飛べるようになった、、、と、、、
そういえばブーメランのときも、日本で1番キャッチできる、、、なんて
競争のない世界で1番になって喜んでるだけなんですが、、、

でもこのゾインゴボインゴ昨年末大きなチェーン店で週販1200個を超えました。
週販200を超えた時、バイヤーさんとものすごく喜んだ位だったのに、、、
私は個数を考えるとき「個」を1200人と変換するともっと 嬉しくなります。
1年に1度のクリスマス大切なクリスマスのプレゼントや誕生日のプレゼントに
私たちの商品が選ばれたとき嬉しいような「本当にこれでいいんですか」と
思ったり、、、ありがたいと思ったり、少しは社会に貢献できてるかな、、、、
と思ったり、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2018年記
今年、この会社はアメリカの大きい玩具メーカーに
売り渡されました。

数年前社長が開発に携わり、血も涙もない社長を置いてから
付き合いづらくなり、(とにかく数字!買わせようとする。)

こんなことでやっていけるのかな~?と疑問とストレス。

案の定人手に渡りました。

想像通りの結末でした。

一抹の寂しさと、今後大手と付き合う不安が
残っています。

# by rangsjapanM | 2005-08-18 11:40 | Comments(0)

無名の会社が総代理店になるのは「買い実績」以外にない

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香港メガショー
このショーは殆ど見なくて、アメリカから来られるホグワイルド、タッカートイズ社の方達と来期の商品の打ち合わせとそれぞれの中国工場に行くのが目的です。NYギフトショーとはまた違い、実質的な仕事をする場所ですので、売り上げというお土産をもって行く私と来期確実にヒットする商品を提案しないといけない彼らとの再会の場所となるのが香港です。

スナップウォッチ、フラットボールを定番にしつつ新たなる新商品をもち帰り期待して下さっている各取引先のバイヤーさん達が満足してくださる数字で答えたいと言う気持ちでいっぱいです。

最近もヒットが続いているフラットボールと出会ったのはこのころです。ルームラングブーメランの会社社長が推薦してくれました。無名の会社が総代理店になるのは「買い実績」以外にないはずなのですが私の場合は推薦で輸入総代理店の権利を得ることが多いので推薦してくれた方の信用のためにもきちんと販売しないといけないのです。

※自社、商談ルームにて

2018年年末
14年前のブログ読み返して
この時こんなこと考えていたんだと
改めて思いました。
現在はエンドユーザーだけしか頭にない私です。
そういうしごとのじだうです

# by rangsjapanM | 2004-10-15 14:37 | Comments(0)

着物のお陰でしょうか ニューヨークの人たちはいつも 私をとても親切に受け入れてくれます。

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このショーが当時私が「物」と出会う大切な場所だった。
着物を着てすべての仕事に立ち向かいます。
心の中は仕事でかなり燃えています。着物のお陰でしょうか
ニューヨークの人たちはいつも
私をとても親切に受け入れてくれます。

このころからブーメラン以外にアストロジャックス、ホバーディスク
ヨーヨー、スナップウォッチ、と商品の幅が広がり始めました。

※タイムズスクエアーのホテルにて 

Wウエスティンだったような気がする
# by rangsjapanM | 2003-08-15 18:35 | Comments(0)

大学病院に辞表を出して出場してもらったブーメラン世界大会

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私の夫は産婦人科の医者
1988年オーストラリアで開催された
そして第1回ブーメラン世界大会の日本代表選手。

それがきっかけで、ブーメランの輸入を始めた
と思われがちだけど、私は輸入したブーメランに
ストーリーがほしかったので
辞表を出して世界大会出場を促した。

とりあえずの無職(笑)医者は長休なんて
取れない時代。

それ以後ラングスジャパンのブーメランカタログには
「このブーメランは世界大会にも使用されました」と書き加えれたことにより、良いブーメラン
であることを示せた。

当時ブーメランの輸入カテゴリーは武器。
世界大会使用ブーメランということで
税関に交渉しスポーツのカテゴリーにする努力。
そして関税が無税になり、
ブーメランのステージをスポーツブーメランに
したことで東急ハンズやロフトにと販路が広がった。

この事例は以後輸入する人達へのカテゴリーを
切り開いた。

辞表をだしても出場した意味はじゅうぶんあった。

この頃から、アイディアだけは私だけど
動くのは夫。私はまだ主婦だと思ってた。

今もアイディアは私で動くのはスタッフ

あ...私は自分では何もやれないけど

発見したり、ストーリーを組み立てる事は得意
な事。

なぜブーメランからスタートしたんですか?

と、取材で一番聞かれる話です。

それは、隙間中の隙間

私のような専業主婦はみんながやってる事の
競争なんてできるわけがない。

誰も扱ってない全く競争の
ないものからスタートしないとね。

と、言えるようになったのは最近のこと。

だいたいブーメランが好きだったから
とその点だけで答えていたました。
相手の先入観のままに、逆らいもせず。

3人目を出産し、このまま4人目?

と考えた時、4人目は仕事を

産もう!と思った私。

それが良かったかどうかは死ぬ日まで

わからないといつも思ってる。

(ここから2019年追記)
ですから、毎日後悔しない日を送る事

1日1日を積み上げて行く事。

それだけです。

急に人生最後の日だけ後悔しないと

いけない日になるって事ないでしょ?

費やした時間は取り戻せない。

一番怖いのは、後悔する事。

時間の使い方を後悔しないよう考えて

生きなければといつも思ってます。

# by rangsjapanM | 2003-02-07 15:18 | Comments(0)

2002年 普通のお家のような物件を買ってオフィスにした

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子供も手が離れ、ようやく家から2分ほど離れたところに
事務所たるもの買った。4トン車が止めれる道路付けが理想で
今の事務所は売り出し初日に見つけ3日後にもう支払いを済ませ
1週間後にはようやくガレージから引越し。
最初は広く感じた事務所もすごく手狭で、今は墨田区押上に
巨大倉庫を確保。(私には巨大に見えるだけ?)
いつも商談にこられるお取引先の方に
「社長、ここに住んでいらっしゃるのですか?」って
まるで普通のお家のようなオフィス。
# by rangsjapanM | 2002-06-04 08:32 | Comments(0)

1997年ようやくキッチンカンパニーからガレージカンパニーに

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1997年、少し仕事は発展し
この年ようやくスタッフは私を含め3人。

学生援護会から大学生のアルバイトをいれ、総勢5人。
この年大きなヒット商品を出し売り上げは7億超え
7000万円を超える法人税を納め
世の中に少しは貢献してると満足。

ところが
税務調査が入り2日間いろんな調査。

まじめにまじめに何も考えず仕事をしてきただけだったので
何にもなく花丸状態。
調査の方に
「来ても意味が無かったですね」といったら
「来る必要が無い会社だとわかったから来た意味ありました」
といわれた。

こんなに税金を納め貢献している感があったけど
いろいろ調査されたのは苦痛で、、、

それ以来、仕事と家庭のバランスを少し考えるようになった。
この時いた学生の1人が明治大学で情報を学んでいたアハマド・ザミル。
今もラングスジャパンに大きく貢献してくれている。
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# by rangsjapanM | 2001-11-05 12:20 | Comments(0)

1987年自宅の一室で仕事スタート

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1987年
長女が小4、次女が小1長男が9ヶ月。

私はインポーターらしきことをスタート。
それはオーストラリア大使館に連絡することからだった。
ラングスブーメランとの出会いがきっかけ。
まだ日本にはブーメランの市場はなかった。

いわゆるキッチンカンパニーでスタート。
あるのはファックスと電話、50本のブーメラン。
4人子供をほしかった私はラングスジャパンを
4人目の子供と考え子育てと平行し、日本にまだなかったブーメランの会社を
子供のごとく育て始めた。
# by rangsjapanM | 2001-08-12 00:13 | Comments(0)

ラングス代表小林美紀です。仕事をしていく中で感じるさまざまなことを書かせていただいております。http://www.rangsjapan.co.jp/


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