<   2015年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧   

キネティックサンドのメーカーがスエーデンからラングスへ   

スエーデンの会社がラングスへ「表敬訪問」してくださるとの
連絡を受けた。

「ラングス以外の会社も行かれますか?」と聞いたら
「取引先はラングスジャパンだけしかないですよ!!!」と、
メールで答えが。

3日間の東京滞在。

スカイツリーと雷門と売り場案内することにした。

私は初めてのスカイツリーにわくわく。

d0148223_19255493.jpg


ムードメーカーで英語お得意の娘も同行。
d0148223_19455317.jpg


スカイツリー、雷門、こんな機会がないとたぶん行ってはいない場所。

そんな合間を縫って、孫の卒業式も参加!
d0148223_19504829.jpg

いつものことだけど、家族族6人で参加。
↓↓
d0148223_19524970.jpg

仕事の合間をぬって時間の都合をつけての参加。
ラインから、お式の最中も、次々と連絡が入る。

プライベートと仕事を完全に分けることはまだできない状況にある私です。

私の秘書として海外からのお客様をご案内する仕事を完ぺきにこなした次女。
とても満足して帰って行かれました。
次女も、初めての羽田国際空港を見て嬉しそう。
d0148223_10542857.jpg


夜中のフライト、最後の最後までお見送り。
d0148223_13244689.jpg

いつものことですが
プライベートと仕事を同時に楽しまないと親子の時間が
とれない家族です。

by rangsjapanM | 2015-03-30 11:01 | Trackback | Comments(0)

パッケージまで偽物のキネティックサンドに気をつけてください!   

ネット通販で、並行輸入と書いてある、キネティックサンドを
購入してびっくり。

パッケージまでコピーしている。

もちろん中身は粗悪なものでした。

輸入元ラングスジャパンと明記してあるものだけが、ホンモノですので
注意して、大切なお子様をお守りください。

人は何をするために生まれてきたのか、何をして死んでいくのか

生まれてから死ぬまでのあっという間の時間を、誠実に使ったほうが、
きたるその日には
生まれてきたことに満足できるのでは?

コピー商品からいろんなことを考えてしまいます。

by rangsjapanM | 2015-03-26 06:25 | Trackback | Comments(0)

ラッキィ池田さん来社!   

妖怪ウオッチの振付師でも有名な
ラッキィ池田さんから突然のお電話。
キネティックサンドを新宿のとある書店でさわって不思議な感触に
ラジオ取材まで発展。
d0148223_16531727.jpg

今日はラッキィ池田さんからの取材を受け
その放送は

今度の土曜日の永六輔土曜ワイド東京というTBSラジオで9時半ごろ。

ラッキィ池田さんの切り口に永六輔さんのトークは
キネティックサンドをどう語るのか・・・?私も語ります。

先日のモヤモヤさまーずもたのしかったけど、ラッキィ池田さんとの
会話も弾みました。

今度はプライベートで来られるそうですよ。

商品がつないでくれるご縁はいつも素敵です。

by rangsjapanM | 2015-03-10 17:01 | Trackback | Comments(0)

子育てと仕事のバランス。日々反省。未来に希望。   

私が専業主婦だったころ頃、四季折々のことを
子どもたちに、沢山してあげることができていた。

主婦業に集中し、お菓子を作ったり、編み物をしたり
スケッチして着物をデザインしたり、帯締めを組んだり
それはとても楽しい毎日。
d0148223_16132847.jpg

今は、3世代の同居。
早朝、2人の孫と娘婿と一緒に毎日、ジョギング。
終えて帰ると娘がキッチンで朝ごはんの用意。
何気ない穏やかな日常の風景がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
34歳までは、全く仕事をしていなくて、
子供たちに全精力を注いでいた。
d0148223_17535058.jpg


d0148223_18425433.jpg

仕事をし始めたら、自分の子供達のことより、
日本の子供たちのために!という気持ちが強くなってきた。

まだ、商材はブーメランだけ!これが原点でした。
これは初めて夕刊フジで取材された時の写真。
今みると、いつも必死な表情が多い。
d0148223_23172064.jpg


ラングス主催のブーメラン大会を開催したのは伊勢原で
d0148223_16153637.jpg

学校で講義をしたのは東京工学院や麻布学園の美術の時間だったり
d0148223_16225547.jpg

東京おもちゃ美術館での講演など
d0148223_16185765.jpg


土日はバランス感覚を身に付けるイベントを開催したり
ほとんど休むことなく仕事をしていた。
d0148223_16242233.jpg


デモンストレーションもイベントその傍らには
常に私の子供たちは幼いころも大人になってからも一緒。
自分の仕事に巻き込んでいた。
巻き込まなければ、一緒にいる時間が取れなかったから。

d0148223_20474066.jpg

d0148223_2163122.jpg

私は、自分の中で母親よりも仕事人としての意識の方が
増してきてその仕事の中に、日本の子供のためにという志があり、
それが大義となり
子育てが手薄になることを良しとしていた。

その延長線上に、2人の娘を中学から海外留学させてしまうほどの、
思いきったことをしてしまっている。

娘達は当時、自分で選んだ道。と公言したけど

幼かったから、私の考えにしたがったけと後になって気が付いた。

大人になって対等な立場で話をできるようになって
留学を決めた時の思い出話の中に
大きな葛藤があったことを語った。

次女は留学直前は子供ながら、1ヶ月にCM5本も出ていた。
事務所からも引き止められたけれども、留学させて大きなブランクを
作ってしまい、そうした世界から去った。
精神的にどれだけそれがきついことであったか。

私は子供を主にせず相変わらず自分が主でいた。
申し訳ないことをしたと思っている。
母親は才能ある子供のためには脇役を徹しなければいけないのに
と、自分が自分のしたいことのためにいつも自分が主役でい続けた。

次女は性格が似てるから、脇に回れる娘ではないから、精神のバランスが
取れなくなってきたときがあった。
こうした笑顔の奥にあるものにきがついてはいなかった。
d0148223_60828.jpg


スタッフや取引先の方、私の周囲の人たちのおかげで
最近、ようやく子供と触れ合う時間が取れるようになってきて
仕事の最中でも、今更ながら子供や孫最優先の日々です。

長女は私と一緒にずっとラングスの仕事してきたけど
次女は離れていった。

次女はラングスの仕事に巻き込むのではなく、私のそばにあって
その個性をどう生かすかを模索し始めている。
非常に繊細でユニークな個性。単純に巻き込むことはできない
と言うことに気がついたのも最近のこと。
d0148223_6241227.jpg

仕事をするすべての女性がそうではないと思うけど
経営者の頭の中は24時間経営。私のようなタイプが子育てなんて
子供はいい迷惑。(子供たちはいわないけれど私は思う)

こんなに仕事向きの人間であったなんて自分でも驚く。
専業主婦をしてるときは家事や子育ての集中し
仕事を始めたら、仕事に集中

集中している自分はなぜ集中できたのかさえも気がついていない。
夫のサポートにさえも気がつかないくらい集中していた。

医者の夫も仕事に集中したかったはずなのに、
最初の3年ぐらいは、私が仕事をしやすいように子育てのサポートに
回ってくれていた。

起業している若き女性社長に自分の経験を踏まえ、子育てと
仕事のバランスをとる大切さを話すことで、私の経験が役に立てば・・・
と思うゆとりも少し出てきたこのごろ。

もしもあの時、3世代同居であったら、
色々なことを回避しながら
子育てできただろうに・・・と思うことがある。

当時の子供たちを思い出すと母親として、

申し訳なさで一杯になる。そして夫にはありがたいと。

そういうこともあり、今は3世代同居。
思いつかなかった夫や娘に「同居」のプレゼント。

最初は戸惑ったけど、関係が密になり核家族で育った
夫は経験したことのない幸せを感じているはず。

先読みし企画、実行することは仕事で学んできたことで
得意分野。それを家庭生活の中に生かしていくだけのこと。

家族の幸せこそ、企画し実行していかなければと、
想像力と先読みしながら前に進んでいる。

毎日、家の中は大きな笑い声が溢れている。
娘に代わって孫に静かに意見する時ももちろんある。
d0148223_17431395.jpg


今となってしまっては、子育てを長いスパンで考えるしかない。

子供の子供たちに道理を教えてあげるのが私の仕事。
子どもに対してできなかった分、今せめて手伝うことで償ってる。

祖母の立場だけど、私は丁寧に子供や孫に接し始めている。

3角形より5角形より8角形が丸に近いように

8人家族は、問題が起きても向きあいかたに角がなくなる。

専業主婦として自分の子供のためだけに時間を費やしていたら・・・
今になって考えても、取り返しのつくことではないから
今、最善を尽くすしかない。

子供や孫たちのお手本となれる生き方をしなければいけないと、
この大家族は私の身を引き締めさせてくれている。

息子が
「お母さん、タバコも吸わないし、ワインも全く飲まなくなって、
今度はコーヒーもやめるといってるけど10年後、
お坊さんになってるんじゃない?」と笑う。

「どれも、ほどほどなら、身体に悪いものではないけれど
私は仕事と同じで、ほどほどでは終わらない性格。

何事もとことん行ってしまうタイプだから、

依存性の強いものはやめないといけないと、考えてるだけよ。」
と答える。

私には姉がいて、姉妹で全く違う育てられ方をしたので
自分の子供には、平等にチャンスを与えたいと思って
長女と同じように次女も留学させた。
d0148223_20295721.jpg

でも、子どもはそれぞれ異なる性格だから、
同じことをしてはいけなかったという思いに至ったのは、
つい最近のこと。

留学という同じ、経験をした二人の姉妹は、
その経験を通し親も入り込めない強い絆がある。
d0148223_2333421.jpg

不自由ない語学力。留学したからこそ2人でNYに買い付けも。
d0148223_214321.jpg


今から考えると、次女のように繊細で傷つきやすい優しい性格の子を
14歳でオーストラリアにおいてきたのは無謀極まりなかった。

お母さん、髪の毛がすごく抜けるんだけど・・・薄くなっていない?
という次女の言葉も、忙しすぎる私の耳には入っていなかった。

多分、神経に響いている部分があったのだと思う。

私の母も、私がこの仕事をするために母から離れ一家そろって
東京に出てきた年には寂しさで髪の毛が
全て抜けてしまった。

私は母がかつらを使っていることさえ、忙しすぎて気づいていなかった。

姉も、何かの影響で声に震えがある。
弟も今は回復したけれど、うつ病と診断された時期がありる。

何にもショックを受けない神経を持つ自分には
わからなかった部分。

本来、家系的に精神があまり強くない。

疲れ知らずで、何にもショックを受けない私に夫は
「あなたは疲れを感じる神経が壊れてるんじゃないですか?」と言う。

仕事にしか目が向いていなかった私が、
バランスを考えるようになったのはつい最近のこと。

今年、長女の息子の中学受験は、娘と役割分担を考え協力して
孫は目的の学校にはいれた。

次女に対しても、いつかそんな日が来たら
手を差し伸べたいと思う。

長男だけは医学の道へと考え、さすがに留学させなかった。

とはいっても、いつも仕事には巻き込んできた。
自社商品のモデルは
嫌なときもあったはずなのに
どんな時も嫌とは言わずに、やってくれていた。
本当にありがたかった。
d0148223_2225991.jpg

d0148223_2232593.jpg

d0148223_223418.jpg

d0148223_224230.jpg

d0148223_2242927.jpg

d0148223_2244992.jpg

d0148223_2285284.jpg

息子からいつも優しさと限りない思いやりをもらっている。

平等にと言いながら長男だけは手元に置いた。

多分私が1番優しさをあげる時間が多かった子供。
それが息子。

メンタル的に1番留学させてはいけなかったのが
次女だということに、その時は、全く気が付かなかった。

しみじみそんなことを、考えてしまう、お雛祭りです。

女の人が本気で仕事をしていくときに、
なにが大変で何が大切なことか、今ならわかり

アドバイスもできるこの頃。

後悔ではなく反省。

「あの時お母さん、留学させてもらってよかった」と、
長女から最近ようやくその言葉を自然にもらえるようになった。

今がよくなければ過去を肯定できないはず。
私は長女のその言葉が何よりも嬉しい。

いつか、次女からそういう言葉が出る日が来ればよいと、
長丁場で考えている。

長女は母親となり子供の立場も、親の立場もわかり
考えに深みが出てきた。
d0148223_2138674.jpg

忙しかった私もスタッフが育ち、
任すことができる範囲も広がり、
子供や孫たちと、共有できる時間が増えてきた。

お母さんは土日も働いてたね。と子供たちが言う。

何気ないきょうだいの話をそばで聞いてるだけで
いつも申し訳ない気持ちになる。

自分ではバランスをとってきたつもりだったけど
随分寂しい思いをさせてしまった。

私の母親業は死ぬまで続くわけだから、

今からこれからせめて子供の子供に対してしてやれなかったとを
協力し、させてもらい
せめても、自分が仕事をすることで、抜けてしまったことの
埋め合わせをしたいと思っている。

自立して親から離れたいと言っていた次女が
親から離れて自立するのではなく
お母さんと一緒に何かしていく自立もあると
言い出してくれた変化をうれしく思っている。

お雛祭りで着せた着物、成人式で着せた着物。

母親として、思いを込めて着せたことを思い出す。

次女の成人式の写真は、はるか昔になってしまった。
d0148223_10481925.jpg

同時に私の母も、同じ気持であっただろうと思い出すこの頃です。

私が意識的に親孝行を考えるようになったのは50代に入ってからのこと。
両親が長生きしてくれたおかげで、自己満足な親孝行ができ

親からも、ありがたいと何度も言葉をかけてもらえました。

親子関係は、母の日や父の日のプレゼントや誕生日のプレゼントより
日頃の何気ない、ありがたいね・・・と言ったり言われたりする言葉の中に

どんなプレゼントにも匹敵しないほどの幸せな気持ちにならせてもらえる。

仕事をしながらバランスをとってきたつもりでしたが、それはあくまでも、

私を中心として家族を衛星のように配置したバランスの取り方であって、
本来、母親となったからには、
子供を中心に置き、私が衛星でなければいけなかったなんて、
昨年あたりに気がついた。

4人の子供がほしかったけど
3人の子供、4人目を会社と考え、育ててきたけれど
会社にはスタッフがいて、若いスタッフ達を一生懸命育てることに
精力を費やしてきた。

エネルギーには限りがあり、私がだれに対して何に対して
エネルギーを注いだかというと、
決して自分の子供に対してではなく
スタッフを育てること、会社を育てることに
多くの時間を費やしてしまった。
d0148223_21445113.jpg

母親として、仕事をやりすぎたかもしれないなー。
子どもにとっては、迷惑な母親だったかもしれないなー。
と、一人考えることがある。

この頃やっと少しだけ、仕事と家族のバランスが
器用にとれるようになってきたような気もする。

家族に対しても、会社においても努力し続け成長していきたい!

いつもそう思っている。

大好きな家族と、大好きなスタッフ、大好きな取引先の方たちとの
時間配分ではなく、気持ち配分をうまく取っていかないと。

ラングス商品は遊びながら自然と身につくバランス感覚・・ですが

その言葉から学んだこと

仕事をしながら自然と身につくバランス感覚。

毎日、毎朝私は目が覚めて、新たな人生のスタートを切っています。

by rangsjapanM | 2015-03-03 22:51 | Trackback | Comments(0)