人気ブログランキング |

2008年お盆   

アルバムで見る私の祖父。子供のころ、この写真をよくみていた。

こうした1人でポーズをとった写真はほかにもあるけど、
写真は、ほとんど、扉のついた薄紙つきの台紙の中にあり、
ダンディな祖父は金沢では最高のテーラー平井でスーツをあつらえていた。

写真の台紙はほとんど東京の写真館。自分が大好きで東京が大好きだったのか・・・
こんな祖父がいつしか私の理想になっていたかもしれない。
地主だったこともあり、公のいろいろな役職をこなし筋を通した決断をしていた。
そんなエピソードを母から伝え聞く。
私の子供のころはすでに現役を退き,優しいだけの祖父だったけど、厳しい一面もあった。
現役の祖父にタイムスリップして会ってみたい気持ちになる。
              私の祖父
d0148223_564042.jpg

雰囲気や顔は祖父に似ていると自分では思っている

年取った祖父に可愛がって貰った事はよく覚えている。
小さいころから両親と一緒に寝た記憶はない。
一度、両親の寝室に寝にいったことはあるけど「やっぱり行く」と
祖父と一緒に寝ないと落ち着かなかった。
多分、すごした時間だけの影響は受けていると思う。
いつも、「賢い」とほめてもらったことも、覚えている。

思い出のひとつ
小学校にもあがらないころ、郵便貯金を私の名義で作ってくれて、
私はその通帳を眺めるのが大好きで、畳の隙間に見つけたお金も
「これ預けて」と祖父に頼んだ。幼いながらに、家の大きなお金は
両親ではなく祖父が管理していると感じ取っていた。
家長はもちろん父ではなく祖父だった。

当時の通帳は唐草や菊の模様が表紙について中の紙にも模様が施され
今の通帳より格調高く思えた。幼い私にはどんなおもちゃより
祖父がくれたその通帳がわくわくするものだった。

家の中に広間と呼ぶ部屋があり部屋の隅に車箪笥という大事な書類を入れる家具がある。
その中に私の通帳はしまわれていた。時々見せてくれた。

ためたお金と、途中に覚えのない金額が時々出てくる列を
祖父は利息と、そしてその意味を真剣に教えてくれた。
このシーンは大人になって、何度も思い出す。

その時、添えてくれたいろいろな言葉が多分私の中に入っている。
大きく影響を与えられた祖父が作ってくれた通帳と言葉。

姉や弟にも同じようにしたかどうかはわからない。
日常の話題にしたくないから、来年にお盆に聞いてみよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お盆で帰省。
実家に帰ったときしか見れない古いアルバムの写真、
今や携帯の中におさめられるから、不思議な気分。

私の高校生のころ亡くなった祖父の若いころの写真が気になり
今回のお盆、両親に質問しながらながらあらためて、眺めた。

母は自分の思い出の範疇で話すから、いつも同じ話になる。
今回は、質問するようにしてみた。予想通り、本当に知らないことがいっぱい出てきた。

私の知らない祖父や先祖の話を貪欲に聞いた。
子孫が先祖に興味を持つことが、お盆を有意義に過ごすことでもあると考えた。

私も、いつか子孫の中の話題にのぼったら嬉しいかも知れない。
今だけではなく3代後のことまで考えて今を生きている私。

弟は家系図を持ち出し、頼もしい長男振りを見せてくれた。

自分の年齢が増すごと自分のDNAが気になりだす。

父は金沢大学卒業後母と養子縁組した。祖父は父の叔父で、そのとき義父になった。
両親の婚姻関係は家と家とが結んだ。家柄だったり時代だったり。
今の時代には考えられない代々の婚姻関を知り
その中から生まれて来れたことが奇跡なのか必然なのか

とにかく私利だけではなく世の中の流れを考え世の中に貢献して
生きてきた先祖が私のお手本。

小さいころの思い出の中にしかない祖父だけど、
生き方に共感できる部分があって、今、この写真のころの祖父に会って話ができたら
どんなに楽しいだろうと思う。
祖父だけにかかわらず、曽祖父にも同じように感じた。
d0148223_573946.jpg


アルバムには、昭和3年自室にて。と書いてあった。
私も本を読むのが好きだけど、どんな本を読んでいたのかも興味深い。

「暁烏敏全集」(全二十七巻)が祖父の蔵書として、今も残っている。

お盆に実家に帰ると、また来年見るだろうと思いアルバムの中の先祖
との別れが名残惜しかったjけど
デジタルな世界は、私の中の習慣も変えつつある。
d0148223_2215320.jpg

明治・大正・昭和を仕事もプライベートも謳歌した?左が祖父の楽しそうな笑顔。
d0148223_2225354.jpg

祖父のアルバムには芸者さん?・・・祖母ではないことは確か。

小さいころから何度も見たアルバム・・・パソコンを通して見るなんて
祖父が生きていたらびっくりするだろうし、きっと嬉しいかも知れないと勝手に考える。

d0148223_22131736.jpg

糸魚川の鉄道工事、この仕事に携わっていた。
この写真のなかに祖父はいないから小さいころは興味がなかったけど
仕事というものがわかった今見る目にはすごさを感じる。
d0148223_9494993.jpg

糸魚川は金沢の管轄だったらしい。

その後糸魚川に単身赴任。
いまどきの単身赴任と異なり、正々堂々と人生を謳歌したかもしれないと
何枚もある写真から、想像できる。

この仕事にかかわったいきさつを母から聞き、なんとなく自分と似ていると感じた。
今で言う、抜擢があった。その抜擢の理由も単純明快だけど、素敵な話だった。

実家の中座敷には「抜苦与楽」という祖父が好きだった言葉が表装してかけてある。

この言葉は仏教の基本的な考え方で抜苦は悲・与楽は慈すなわち慈悲
祖父は熱心な浄土真宗の信者で私はすべての考えの着地点が
ありがたいという言葉で終わる考え方ももらっらかもしれない。

自分の生き方は先祖の中に学べるとまたしても感じた帰省だった。

by rangsjapanM | 2008-08-17 17:09 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : https://rangsjapan.exblog.jp/tb/8461345
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< お盆・・・写真の曽祖父に会う マークから嬉しいメール >>