エアースイマー公式サイトスタッフの木村君が入社してから何年たったかなんて覚えていなかったけど
3月4日の結婚式の祝辞を考えているとき、8年もたっていることに驚いた。
木村君の面接の日を思い出すことは
言い換えれば8年前のラングスジャパンのことを思い出すことにつながった。
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8年まえの面接の日のことは強烈に覚えているのは私ではなく木村君と杉山(娘)
その頃、スタッフは、ザミル、杉山、、、、あとだれがいたか、、まあわずか
まだ2階建ての普通の家屋を買って1階が事務所と倉庫2階で商談という状況だった
2階で商談している最中、杉山が「社長面接の人が・・」と入ってきた
「顔は?」と聞いたら杉山は首をかしげた・・・
私はだいぶ待たせた。顔のことを聞いたからってわけではないんだけど・・・
「時間がもったいないから、請求書のゴム印でも押させながら待たせておいて」といった
長引いた商談が終わり、・・・面接
「時給、発生させますから安心して!…ところで何でそんな恰好してるの?」
木村はスーツを着てきた・・・まあ面接だからしょうがないか・・・
「何の仕事するつもりでそんな恰好してきたの」と言ったのが最初の会話
私は荷造り配送で募集していたから・・・木村君は荷造りからスタート
ラングスの主要取引先の担当を担い、企画書を安心して任せられ
電話も何の心配もなくなったのは、つい最近のこと。
入社2年ほどは、すべてのメールを目を通してからでないと送らせなかったほど
だったというのに・・・
入社2年ほどの間は顔を見れば注意していたような気がする
注意しないといけない内容のレベルが上がってくるから、今でも注意は続いているけど。
新入社員が入ってくると、いつも木村君の面接のときのことや
ザミルさんの面接の時のことを思い出す(ザミル、いきなり遅刻、キャップは後ろ前
まぁ大学2年しょうがない・・・バイトの目的はと聞くと・・・車買いたいです!)
あの頃は、面接の日から働いてもらっていた・・・ザミルさんも木村君も・・人手不足
そう・・・人の手が不足していた・・頭脳労働は経理と私で十分だった。
そして杉山は小学生のころから、私と一緒に働いていた。もちろん私の子供だから当然!
昨日も、みんなで木村君の面接の日のことを話していた
「社長、請求書のゴム印押しが終わった後、僕に売り上げ帳付けて」と言われたんですよ
面接のすぐあとに・・・
「そうよ、スーツなんか着てくるから、その日は力仕事ができないと思って。。。売り上げ帳も
たまってたしね」
「面接の日にいきなり、売り上げ帳?・・・大丈夫かな」と思いましたよ、僕なんかに、と笑う
私たちにとっては何度思い出しても笑える思い出
「今入ってってくる人たちはいい時代から入ってくるわよねー木村君」
募集をかけているので、履歴書が連日送られてくる
紙一枚でその方たちの人生と考え方、人となりを見る、紙一枚からでも
伝わってくるものは大きい・・・90%は履歴書と会った時の人となりに差なし
なかなか行けなかった海外出張も、スタッフのおかげで安心していけるようになった
ニューヨークでビートジェネレーションのメーカーと会った時の写真

宿泊はNYの友人お勧めのミートマートプレイスのホテルガンズブール
この時の出張、ザミルさんと木村君がいてくれるから安心と何度も
言っていたのを思い出す
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これは去年かいたブログだけど、これを読みながら考えたことは・・・
私が、いつから、仕事を本気でやりだしたかということ・・それは
子育てが終わった4年前から
そして今の仕事へ意識と5年前に持っていた仕事に対する考えは異なるのがはっきりわかる。
一生懸命、仕事はしてきたけれど・・・一方的な提案をしてきただけだったかもしれない。
(バイヤーさんは私のプレゼンに眠そうだった表情を思い出す・・・)
今は市場が求めているもの、バイヤーさんが求めているものと自分が売れるだろう
と思う勘を働かせ作り上げた商品を、プレゼンするから、お互いに身を乗り出しながら
話し合う・・・その同じバイヤーさんの目の光も数年前とは異なる
大手取引先の方から多くのことを教わったのはここ4.5年の話。
意識が変われば180度変わってくるものがいろいろあるのは
経営者である私だけの話ではない。スタッフもここ1年で意識が変わってきたように見える。
スタッフの意識がどうかということは、この規模の会社では経営者から受ける影響は大きい。
簡単に「意識改革」なんて言葉を使うところに意識改革はないということも最近わかってきた。
意識改革を連呼する人の意識こそ変わっていない。
小さな自分の弱点を1つ1つ、認めて攻略していかなければ・・・と
いまだに1日の終わりに自分自身を毎日スキャンする。
自分に近い年のスタッフには過去の成功例は今の世の中には通用しないことを
言い聞かせながら
スタッフを見ていて思うことは、言い訳を心の奥に持っている人間は伸びていない
ということは、言い訳を心のどこかに持っている会社は
伸びていかないんだろうと・・・・
常に数字との戦いはどの企業の誰も同じ
ちょっと気を抜けば脱落してしまい、誰かがその数字を埋めにくる・・・と、考えたとき、
一生懸命走り続けないといけないと思い、人の幸せがどこにあるのかまで考えてしまう時がある
どこかの島に行って、自給自足で暮らすのってどう?と自分に問いかけるときがあるけど
TOTOのトイレだけはないといや・・・って、同時に思う
やっぱり、私はこの世界で頑張り続けるほうが幸せなのか・・・
ここ1年、震災に気をとられているけど、実は企業にも大きな津波のような
得体の知れない波が海の向こうからやってきているのを
感じているひとは、絶対やってくるその波を逃げないで乗り切らないといけないと
考えているはず
私は相談相手もなく会議もなくてアイディアを出してくれる人がいるわけでもなく
その波をどうして乗り切る方法を強気で一生懸命スタッフに話す
聞いてくれるスタッフがいるのはありがたい。
木村君に昔は仕事の話しや戦略、何を話しても無表情だったのに
今は1番表情がある。木村君が変わるのに8年かかったけど
会社が変わるのも8年かかった
これからは変わるだけではなく、質を高めながら成長し続けなければ
向こうからやってくる見たこともない波を乗り切ることができないと思う
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友人が、月曜日休みをとって奥様と4日連続休暇にしモルジブへ
ツーショットの写真が送られてきた。うらやましいなーと思ったけど
コメントに、「仕事で死にそうだった日々を忘れます!!」とあった
私の周りは死ぬほど忙しい人ばかりだから、私も迷うことなく頑張れる